【〜連載〜帰国前にできること】第二回バイリンガルの正しい意味は?バイリンガルを目指すために大切なこと 前編:幼児から中学生のお子様を持つ親に向けて
こんにちは、磯崎みどりです。シンガポールで日本語、日本文学を指導する教師であり日本語文化継承学校で校長職についています。自身の一人娘を日本語と英語の均衡バイリンガル(三言語目は中国語)として育て上げた母親でもあります。前回は日本に帰国される方々に向けて、帰国が決まる前に準備ができているといいと思われることを少し書きました。今回は「バイリンガル」をキーワードに、これまでの経験と研究を続けていることについて書いてみたいと思います。
そもそもバイリンガルってどういうこと?
バイリンガルは言語能力の均衡度によって区分けすると、大きく次の四つに分けられます。(以下、イメージとも(pinnapo.com)より。とても分かりやすくまとめておられるので、参考にされるといいと思います。)
・均衡バイリンガル
2つの言語を母国語レベルに同等に使うことができる人。英語ではbalanced bilingualという。
・偏重バイリンガル
2つの言語のうちどちらか片方が優勢な人。
・受容的バイリンガル
一つの言語は母語として使いこなせるが、もう一つの言語は理解できるものの、話すことができない人。
・限定的バイリンガル(セミリンガル)
二言語ともに年齢層等に達しておらず、どちらの言語も中途半端な人。
実は、「あの人はバイリンガルだ」という場合でも、多くの場合が偏重バイリンガルであるのに対し、理想とされるのが均衡バイリンガルです。まずは単純に「バイリンガル」という言葉が必ずしも二言語を同等に扱えることだけを指すとは限らないことを知ることから始めましょう。均衡バイリンガルになることは理想かもしれませんが、時間がかかるだけではなく、簡単に達成できることではないのです。
シンガポールは二言語政策を国策としている国であり、ローカル校に通学する生徒は英語が第一言語、第二言語として自分の属する民族の言語(中国語(マンダリン)、マレー語、タミール語)の一つを選択して学習することが決められています。それでも、英語と公用語のもう一つの言語であるマンダリンを均衡バイリンガルとして二言語を同等に扱うことができる人が少ないことを政府が認めています。
一方、駐在員家族の子女が多いインター校では、その学校がどのカリキュラムで指導しているかによって言語指導の内容や方法は違ってきます。シンガポールはその国策そのものが、バイリンガルを目指しているからでしょう。シンガポールで英語を媒体として授業を行う全インター校数は63校ですが、そのうち40校がインターナショナルバカロレア(以下、IB)を選択する学校であることは、IBでは二言語の学習がカリキュラムの根幹の一つとして定められていることにも意義があると考えられているからではないでしょうか。もちろんIBカリキュラムは言語のみを重視するものではなく、全人格形成を謳っているからこそ多くの学校に受け入れられているのですが、本論ではIBの説明はここまでにして、バイリンガルに話を戻しましょう。
上記したように、一口に「バイリンガル」と言っても、いろんな状態があることが分かりましたが、理想のバイリンガルである均衡バイリンガルにはどのようにすれば近づくことができるのでしょうか。
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バイリンガルを目指すということ
まずは英語と日本語のバイリンガルについて、そしてマルチリンガルについても付随する形で書きたいと思います。理想としては、英語と日本語の均衡バイリンガルを目指すのでしょうが、それはなかなか達成が難しいことは間違いないことです。小学生の低学年時点で、「うちの子は英語と日本語のバイ(トリ)リンガルです」と言う方々が、そのお子さんが均衡バイリンガルであると判断するには、少し早いかもしれないことも理解しておかなければなりません。それに、簡単な会話なら、今ならもう音声を吹き込み、それを話したい言語に翻訳する機械もすでにあるわけですから、多少の会話ができることなど今後はどうでもいいことになってきます。それになにより、いわゆる中学生ぐらいの学齢になって、抽象的な概念にかかわる内容を聞いて理解し話す、読んで書くということが二言語(場合によっては三言語)ともに学齢相当でできるようになるまででは、均衡バイリンガルとは言えません。では、二つ(以上)の言語を均衡バイリンガルとしてネイティブレベルで身につけるという理想を達成するためには、どのようにすればいいのでしょうか。
私はかつて、他社で受けたインタビューで、以下のように投稿したことがあります(投稿の内容から、この連載で使用する語彙にあわせて多少修正しています。)
「「日本語と英語の両方をネイティブレベルに学ぶこと(これは均衡バイリンガルの状態とほぼ同じと考えてください)が可能かどうか」というご質問に対しては、可能だと答えます。しかしながら、日本語と英語の両方をネイティブレベルに高次元で習得して成長する、つまり理想のバイリンガルを達成できるのはごく一握りの子どもたちであることを知る必要があります。誰もが達成できるゴールではなく、才能と本人や家族の努力の上に初めて達成できるものであることを理解した上で目指すのでなければ、両言語ともに中途半端になる可能性のある、危険をはらんだ取り組みであることも強調したいと思います。ましてや日本語が第三言語である場合、単純にトリリンガルを目指す、と考えるより、どの言語が学習言語で、第二番目はどれか、ということをご家族の生活スタイルや必要に応じて明確にしていくことが大切だと考えます。」
この回答がすべてを物語っているため、引用致しました。つまり、英語と日本語を同じレベルに揃えて習得していくには、相当の時間と努力が必要です。次は、子どもの環境が多言語環境であるときに、親にはどんな努力が必要かということについて、書いてみたいと思います。
親ができること
①できる限り二言語のバランスを保つことができるようにすること
このとても意味があいまいな「二言語のバランス」という言葉の意味が、実践となると難しいのです。シンガポールの場合、英語は、ローカル校に行こうが、インター校に行こうが、ほとんどの選択肢において最も長く使用する言語となります。したがって、母語としての日本語がすでにかなり定着しているお子さんの場合は、その子の持つ日本語の語彙力に英語の語彙力が近づくよう、両言語で理解できるように英語の語彙を教えるべきです。ただ、それは、両言語でまったく同じ具体的なものを指す場合は簡単ですが、抽象的な概念になると、まったく同じ意味を持つとは限らないため、そのニュアンスの違いもきちんと伝える必要があります。また、新しい言語である英語のみならず、日本語もその習得の途上である、非常に幼い子どもの場合には、新しい語彙を知るたびに両言語でそれが何を意味するのかを伝えていく必要があります。
私の娘の場合で言えば、娘が三歳になったばかりの頃にアメリカに移住し、彼女がまったく英語が分からない状態で幼稚園に行き始めた時、なんとなく身振り手振りで分かるであろう挨拶や生活にまつわること以外に、新しい言葉を学んできた時には、必ず日本語と英語の両方の語彙が彼女の頭の中でつながるように意味を教えました。三歳にしてはおしゃべりでそれなりの日本語の語彙力のあった娘には、英語の本を読み聞かせる時には、日本語でその意味を教え、何度も何度もそのお話を読み、最初は英語を読んで日本語で説明し、繰り返すうちに日本語の説明を減らし、英語だけ読むようにし、そのうちに日本語でお話を丸暗記していたように、英語でその物語を暗記するようにと、段階を追って学んでいくことができるようにしていました。
幼い子どもであれば、放っておけば勝手に二言語を習得し、必ず二言語が同じレベルで習得していけるだろうというのは間違った考えなのです。これは、ご両親の国籍が違い、夫婦のうち片方が英語、片方が日本語を母語とする場合で、たとえ子どもと話すときには、それぞれが自分の母語を使用するというルールを守っていても、夫婦間の共通言語が英語であったり、英語で生活する時間が長ければ、日本語と英語が均衡するレベルにはならないということも意味します。両言語が同じぐらいの量や時間で使用され、そして、その二言語をつなげる経路を作らない限り、二言語が均衡することは非常に難しいのだということを知り、その経路を作るのは親であることを理解しておく必要があると思います。
②どの程度のバイリンガルにするのかを決めること
①では、均衡バイリンガルを目指すなら、どんなことが必要かについて少しだけ書きました。ここでは、必ずしも二言語が完全に同程度のレベルである均衡バイリンガルを目指す必要はない、ということについて書きたいと思います。
いつの日か必ず日本に帰国し、日本での生活が中心になるのであれば、日本語の方が強い偏重バイリンガルであることの方が子どもたちにとっては幸せかもしれません。かつての「帰国子女は日本語が変」と言っていじめられる、教師からも馬鹿にされるといった風潮はあまり見られなくなり、英語を身につけさせたい親でいっぱいの日本では、帰国子女はうらやましがられる存在なのかもしれません。であるなら、日本語が第一言語であり続け、英語を少し使えるようになることが、一番「お得」なのではないでしょうか。親としては受験に有利なようにや、英語がペラペラになるとかっこいいし、など、理想はあるかもしれませんが、①でも述べたように、実は均衡バイリンガルへの道は険しく、途中、子どもたちがいやになることは多く、シンガポール政府も認めているように、完全なるバイリンガルは誰もが達成することができることではないのです。親の理想を子どもに押し付けることになるのは、親子間の関係を悪化させることもあり、実際に達成まで時間がかかることであるのに、無理やり短い時間で均衡バイリンガル達成を目指すようにさせることは意味をなさないこともあります。長期の海外滞在、そして、英語環境の中に少なくとも5年から10年ほどいるのでなければ、英語と日本語の教科学習言語としての力が同等になることはあまり期待できないかもしれないことを理解しておくことは大切でしょう。先にも書きましたが、子どもの新しい言語である英語に触れる年齢によって、習得のために確実に決まった年数があるわけではありませんが、おおよその期間として、日本語を母語とする子どもが英語を抽象的な概念まで含めて体得するには、これぐらいの年月が必要なのです。ですから、私が校長を務める日本語文化継承学校では、日本語の学習を「細く長く」をモットーに、長く学習し続けることこそ大切であることを伝え続けています。
まとめ
日本語が母語であり、第一言語であった娘が、現在では英語と日本語の均衡バイリンガルといえる状態ではありますが、英語での生活が長くなり、NYでの弁護士としての仕事での使用は英語のみとなると、やはり英語使用の方が容易になるわけで、シンガポールにいる私たち親とは、ときどきのオンライン連絡だけのため、日本語はまさに生活に必要な内容を最低限話すばかりとなってきてはいますが、それでも、彼女が日本語を継承語として保持し、均衡バイリンガルの状態を保ってきたことで本当に良かったと思うことがあります。それは、彼女の成長過程の中で、英語で学んできた知識を日本語でも語り、私たち親の話す抽象的な内容の会話を理解し、そして、社会に起こっているできごとなどを日本語でも読み書きすることができるようになっていたことです。それは彼女に言わせると、「人生を豊かにすることができる」のです。
娘の住むアメリカで、周りにいた親の言語を継承することなく英語のみで成長してきた友人たちを見ると、もしかすると日本語を学習することが余計な回り道であり、英語のみで生活をしていたら、もっと楽に、もっとスムーズに事が運ぶことがあったのかもしれないと思うことはあると娘は言っていました。しかし一方で、親の母語が英語ではなく、子どもが英語のみで生活するようになってしまっている家族が、親子で高次元の会話ができなくなっているのを見ると言います。継承語としての日本語を娘に残したことは、私たち親子には本当に良かったと思えることです。
保護者が日本語のみを話すご家庭であっても、保護者間の共通語が日本語でなくても、長期の海外滞在で英語が学習のために使用される言語となる以上、日本語に対する子どもたちの感じる重要度は、日本語を継承させたいと思う保護者の意図とは違った方向に進むこともあります。また、逆に、海外滞在年数が少ないなら、英語をぺらぺら話すようになったからと言って、実は学習言語レベルには追いついていないままであることもあります。言語がアイデンティティーと強く結びついているものであることを、保護者のみならず子ども自身がよく理解し、どの程度のバイ(マルチ)リンガルを目指すのかについても是非家族間で共通した思いを持てるよう、話し合いながら言葉を継承していってほしいと思います。
磯崎みどり氏ご紹介
磯崎みどり
継承日本語指導者として、20年以上の実績を誇り、アメリカコロンビア大学大学院で継承語について研究、修士課程を修了。
アメリカ、シンガポールの補習校指導を皮きりに、現在シンガポール日本語文化継承学校校長。また、IBDP認定指導員として、日本語文学(Japanese A Literature)を指導。シンガポールではAIS(オーストラリアンインターナショナルスクール)でIBDP日本語文学、IGCSE相当の母語日本語、Tanglin Trust SchoolでGCSE、A Level日本語を指導。その他、Marlbourough College (Malaysia)のIB Japanese A LiteratureのSSST (School Supported Self Taught)を指導。
英語指導については、シンガポール日本人学校中学部の英会話クラス講師、早稲田渋谷シンガポール校英語教員を歴任。
自身がマルチリンガルの娘を育て上げた母親の一人。
日本語文化継承学校のご紹介
日本語文化継承学校は、日本国籍をもちながらも、海外生活が長く、早急な日本への帰国予定がない、もしくはシンガポールに永住する子供たちを主な対象とした、日本語と文化の両面から学ぶことを目的とした学校です。
様々な環境の子供たちにあった学びの場を提供するため、日本語文化継承学校は様々なコースを開催しています。
詳しくは、ホームページへ
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詳細を知りたい方は、sjkeisho@yahoo.co.jp
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