【〜連載〜】第4回子どもたちの英語と日本語の学習ポイント
~英語を母語レベルに日本語を学習言語レベルに引き上げるには?~
こんにちは、磯崎みどりです。先日、朝日新聞出版『英語に強くなる小学校選び』という子どもの教育雑誌から取材を受け、日本における子どもたちへの早期英語学習熱に対し、海外で継承語としての日本語を指導をする教師の立場からお話しする機会がありました。
親であれば、だれしも自分の子どもが成功してほしい、より深く知識を身に着けてほしいと願うものですが、そのためにわが子が英語も日本語も同程度に使いこなせるバイリンガルになることを目標とするなら、学習を始める時期は早ければ早いほどいいのでしょうか。今回はそんな問いに対する答えとなるようなお話から始めてみたいと思います。
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①英語教育をわが子にと考えるなら、いつがいいのか?
私の書いている連載をお読みになる方のほとんどが、シンガポール在住の方なのではないかと思うのですが、まずは英語を外国語として触れる子どもたちを想定して回答してみたいと思います。
そういったお子さんを持つご家庭の中には、せっかくシンガポールに住んでいるのに英語に触れる機会が少ないためにお子さんの英語力がなかなか伸びないと心配される保護者もいらっしゃるのではないかと思います。
もっと英語漬けにすればいいのではないかと考え、とにかくネイティブの英語のシャワーを聴かせる時間を増やそうと思われたとしたとしたら、それはあまり効率の良い学習法を選ばれていないかもしれません。
日本語で知っている語彙や表現と英語を結び付ける作業がなければ、日本語の語彙と新しく身に付ける英語の両方が頭の中で意味を持ちながら繋がることは難しいでしょう。もちろん、辞書を引く作業ができる年齢であれば、自分で意味を調べたりして覚えていくかもしれません。
でもそれが難しいほど幼い幼児期の場合、具体的な物は指さしをしながら覚えていけるでしょうが、少し抽象的になっただけで、本当にその語彙の意味を理解しているかどうか分からないままになっていることもあります。
したがって、新しく言語を学ぶのは早ければ早いほどいい訳ではないのです。だから、あせって早く英語を我が子に学ばせなければ遅れをとると心配する必要はありません。
それより、しっかりと母語である日本語の語彙を増やす時間を作ってください。そうすれば、軸となる言語である日本語の語彙が増え、そこに英語の語彙を載せていけば、同様の概念や意味を学んでいくのです。
②最初に日本語を覚えたのなら、まずは日本語をしっかりと身に付けさせて
①は、ご家庭では日本語しか使用せず、シンガポールに居住していても、お子さんが日本語で教育を受けているか、英語は身に付いていないけれど英語教育環境に置かれた場合の初期段階にあたるでしょう。
日本人学校とは英語に触れる時間の長さがまったく違うから、インター校に入れておけば自然に英語が身に付くだろうという考えは、必ずしもすべての子どもに当てはまらない理由と同じです。
では、なせよく言う「英語のシャワー」という発想が出てくるのでしょうか。それは、少なくとも英語の単語は意味を含めて知っていて、さらに聞き取れるように、語彙を増やしていくようにという目的を持った英語既習者にとって有意義であるということなのです。
まだこれから母語である日本語も語彙を増やしていかなければいけない幼い子どもたちには、まずは日本語の読み聞かせの方がずっと重要です。
③言語の継承は、外国語の習得とは何が違うのか?
日本語はごく自然に覚えていったのに、英語はなぜそうではないのか、と思われたなら、外国語としての言語習得と母語もしくは継承語の習得には違いがあることを理解する必要があります。
そもそも、「継承語」とは何なのでしょうか。それは、子どもたちにとって、その言語がメインとなる社会、例えば学校などで使用される言語ではなく、主に家庭内だけで使用される言語である場合をいいます。
良く使用される定義は、マリア・ポリンスキーという言語学者による提唱の「習得の順番から言うと第一言語だが、その国の主要言語に移行したために(第一言語として)完全に習得しなかった言語」です。
もともとは最初に身に付けた第一言語であったはずの言語ですから、うまく学習言語に引き上げさえすれば、基礎はあるはずなのですが、逆に言えば、たとえ第一言語であっても、その使用頻度が低くなれば完全に習得しなかった言語に成り下がってしまうということを示唆しています。
日本語が母語で、外国語として英語を使用し始めた子どもでも、英語の使用頻度が高くなればなるほど、日本語は継承語として完全に習得しなかった言語になってしまう可能性があるのです。
外国語と継承語の習得に大きな違いがみられるのが、聞いて覚える力の発揮度合いです。幼い子どもは母語として使用を始める言語を親から口移しで身に付け、間違いを正され、正しく覚えていくわけですから、幼い間に母語をしっかりと読み聞かせをする必要があることはご理解いただけることと思います。
④英語を母語レベルに引き上げ、日本語を学習言語レベルに引き上げるにはどうすればよいか
では、ここまで段階を踏んで、本連載の課題、「外国語として学習した英語を母語レベルに引き上げ、日本語を継承語でありながら学習言語レベルに引き上げるにはどうすればよいか」に迫ってみたいと思います。
①に書いたように、外国語としての英語を習得させるなら、早ければ早いほどいいわけではなく、②に書いたように、特に幼児期には母語としての日本語をシッカリと身に付けさせたうえで、英語と日本語をつなぐ活動があることで両言語を身に付けていくことができるのです。
母語としての日本語の語彙や理解する概念が多ければ多いほど、外国語としての英語もそれに追いつかねばならず、英語を母語レベルに引き上げるには時間がかかります。
つまり、もしお子さんがいつまでも日本語の方が強い、と思われるのであれば、それだけ日本語力が高いことを意味すると考えてよいでしょう。そして、それに見合うだけの英語の語彙や概念の理解を進めなければ、英語も同様のレベルになることはないでしょう。
一方、インター校で学ぶようになるなど、英語漬けになる時間が長くなればなるほど、日本語が危うくなってくるお子さんたちも見られます。今度は日本語を学習レベルに引き上げることを期待することで、均衡バイリンガル(【〜連載〜バイリンガルになるには】第二回バイリンガルの正しい意味は?バイリンガルを目指すために大切なこと 前編:幼児から中学生のお子様を持つ親に向けてをご参照ください)になれるのですが、その際、やはり日本語も「学校」という設定の中で学ぶことが学習言語として習得できる道だと言えます。
ただそれは、漢字をよりたくさん覚えさせることが大切だと考えたくさんのプリントで練習問題に取り組ませたり、教師の話を一方的に聞くばかりだったりということを意味するのではありません。
「学校」とは子どもたちにとって「生活」であり、勉強だけではなく、友達と一緒に話し、遊ぶ約束をし、読み聞かせを聞いたり、何かを一緒に作り上げたり、といった、一見無駄に見えるような「生活」の場としての「学校」なのです。
⑤個人差ともっと大切なこと
ここまで一般的なことを書きました。そんなに親が気に留めていなくても、言語習得力の強いお子さんなら、いつの間にかどちらもうまく使いこなしているということもあるでしょう。
また一方で、先にも書いたように、いつまでも新しく言語を身に付ける様子が見られないと親として焦りの気持ちを持たれることもあるでしょう。さらには母語であったはずの日本語が低学年の習得のままでとどまってしまうこともあるでしょう。
母語習得が新しい言語の習得を邪魔をすることや、逆に新しく身に付けた言語である英語は世界中に波及している言語であることもあり、親としては我が子に何としてでも英語を習得してほしいと思われるかもしれませんが、一筋縄ではいかないバイリンガル・マルチリンガルの習得です。
だからこそ私は大切なのは、言語習得についても、スポーツが得意な子もいればそうでない子もいる、また音楽が得意だったりそうでない子もいるように個人差があることを親が理解することだと思います。
そして、最も大切なことは、言語数を増やしていくことになるなら、なぜその言語が必要なのかについて親だけでなく子ども自身も理解しておくことだと考えます。
インター校で英語での生活が難なくできるようになると、中には日本語を使用する意味を見失ってしまう子どもたちもいます。「日本人だから」という理由だけでは、納得しなくなるかもしれません。
しかし、「高度な内容を日本語で理解し話せるようにする」ことによって、大人になっても親子で高度な話題を共有できることがアイデンティティーを見失わないことに繋がることを両者が理解しておく必要があるでしょう。
まとめ
ここまで書いてきたことは、家庭内に日本語以外に英語がもう一つの母語である場合(片親が英語話者の場合)や、さらに他の言語が家庭内にある場合(両親のうち一方が日本語以外の言語を使用する場合や祖父母が別の言語を使用する場合など)、より複雑な状況にはすべてが当てはまらないことかもしれません。
それでも、「子どものアイデンティティーをどこに置くのか」ということを親子で共有し、お互いが納得していることが、言語習得には重要であるということだけは間違いないことだと思います。
磯崎みどり氏ご紹介
継承日本語指導者として、20年以上の実績を誇り、アメリカコロンビア大学大学院で継承語について研究、修士課程を修了。
アメリカ、シンガポールの補習校指導を皮きりに、現在シンガポール日本語文化継承学校校長。また、IBDP認定指導員として、日本語文学(Japanese A Literature)を指導。シンガポールではAIS(オーストラリアンインターナショナルスクール)でIBDP日本語文学、IGCSE相当の母語日本語、Tanglin Trust SchoolでGCSE、A Level日本語を指導。その他、Marlbourough College (Malaysia)のIB Japanese A LiteratureのSSST (School Supported Self Taught)を指導。
英語指導については、シンガポール日本人学校中学部の英会話クラス講師、早稲田渋谷シンガポール校英語教員を歴任。
自身がマルチリンガルの娘を育て上げた母親の一人。
日本語文化継承学校のご紹介
日本語文化継承学校は、日本国籍をもちながらも、海外生活が長く、早急な日本への帰国予定がない、もしくはシンガポールに永住する子供たちを主な対象とした、日本語と文化の両面から学ぶことを目的とした学校です。
様々な環境の子供たちにあった学びの場を提供するため、日本語文化継承学校は様々なコースを開催しています。
詳しくは、ホームページへ
日本語文化継承学校の日本語教師募集
継承学校は、継承語として日本語を学ぶ子どもたちを応援する学校です。
一緒にそういった子どもたちを指導してくださる教員を募集しています。
詳細を知りたい方は、sjkeisho@yahoo.co.jp にご連絡ください。
●記事内容は執筆時点の情報に基づきます。
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