【連載 日本語補習校・継承校とは?】第5回 シンガポール日本語文化継承学校設立秘話!~先生探し編~

さて、第4回でお伝えした通り、2013年には、私たち継承学校はすでにフランス語学校(Alliance Francaise)に場所を確保し、スムーズに移行できたところで、今度は先生探しです。今回はその先生の確保について書き、最終回としたいと思います。
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(1)創設期の教員確保
私たちは学校の規模を大きくすることを目的として継承学校を始めたのではありません。最初は補習校から受け入れを断られた児童が中心でした。学校という場において日本語を学ばせたいと考えられている保護者の声を受け止めたいと考えていたことが理由でした。
私は継承学校を創設する前にはシンガポール補習授業校で指導していて、補習校がテストによって入学を断るようになっていく姿を見ていました。私が指導していた児童の弟や妹が不合格になる中、その保護者から「どうして日本語ができないからと言って、今から学ぶことを拒否されなければならないのでしょうか?」「日本語はこれから学ぶのではだめなのでしょうか?」と尋ねられました。
ですから、できるだけ多くの子どもたちに学びの場を提供できるようにしたいと考えて始めたのが継承学校です。最初はたった19名だったため、初年度は創始者の三人でクラスを運営していきました。しかし、海外生活の長い子どもたちを対象とした授業を組み立て、理念として「細く長く」日本語を学べる場を目指し、無理のない学習を促すカリキュラムが賛同を得て、翌々年には一気に140名ほどに児童数が増えました。そこでいよいよ教員確保が真剣に必要となりました。
(2)どのような教員を確保しているのか
ありがたいことに、兄弟姉妹が一緒の学校で学ぶことをお考えいただいたご家庭が次々と妹弟たちを入学させてくださいました。ご家族によっては、お兄ちゃんをこちらに移動させたいんだけど、と他の学習機関で学んでいたお子さまを移動させてくださるご家族もありました。
ただ、そうなってくると、教員を確保していかなければ授業が成り立たないようになってきました。シンガポールは駐在員、つまり就労ビザを持つ者の配偶者も容易に就労ビザを得ることができ、以前はMOM(労働省)からの就労ビザの取得は簡単でした(過去形です)。しかし、教員登録に関しては、MOE(教育省)の審査が厳しく、登録完了までに苦労したこともあります。最近では、日本語で高等教育を受けていればよい、とMOEの判断の方は緩くなりました。
それでも、継承学校ではさまざまなレベルで日本語を使用する子どもたちがいることから、教員免許もしくは日本語教師資格(現時点では、海外在住者は日本の国家資格になる前の資格で問題ありません)を持つ、もしくはその学習を終了している方々に指導していただいています。つまり、継承学校の教員は全員、教員免許か日本語教師資格を持っているか、少なくとも日本語教師の学習を終えている先生ばかりであることは自慢できることだと思っています。
(3)教員確保の変遷
児童数が増えるにつれて教員数を増やすのは、時に簡単なことではありませんでしたが、海外に長く滞在する子どもたちに対する日本語指導を行うことを目的とした学校であることは、教員募集にも大きく影響を与えました。継承学校の目的に賛同してくださる先生方を集めることができたのは、本当にありがたいことでした。
そこに、大きな試練の時が。世界中を巻き込んだコロナ禍は、シンガポールの労働市場を変えてしまいました。これまで簡単に就労ビザを取得できた駐在員の配偶者は、就労ビザ取得が難しくなったのです。
シンガポール政府が国民の雇用を守るという目的により、これまで雇用者がMOMに登録さえすれば簡単に取得できた就労ビザは、シンガポール国民を雇用することや、被雇用者にある一定以上の金額の支払いをする必要があるなどの条件が課されるようになりました。
教員として働いてくれる先生方には、できる限り十分なお支払いができるようにすることは運営側として当然のことなので、実のところ決して低くない金額をお支払いしています。
それでも、一週間に一日だけの勤務で一週間分の生活費用を補えるほどのお支払いは経営を圧迫しかねないため、長期滞在ビザ(PR:Permanent Resident Visa)を保持する方々のみを教員として採用するよう、方向転換をしました。
とはいえ、教員全員がPR保持者のみとするのは困難の連続でした。ましてや、教員免許で日本語教師資格を持っている方々のみを採用すると決めていて、PR保持者を条件としている以上、簡単なことではありませんでした。
それでも、上記にも書いたように、継承学校の目的に賛同してくださる先生方が集まってくださったことは、本当にありがたいことだと思っています。それだけ、継承学校が求められている学校であることを感じています。
(4)継承学校の心がけ
継承学校が海外長期滞在者を主な対象者としていることは、ホームページにも明記しています。ただ、シンガポールに来たばかりというご家庭が継承学校を選ばれることもあります。そういった保護者の方々の継承学校選択の理由は、日本語の学習に費やす時間があまりに長くなってしまうと、インター校に入れていても子どもが英語での生活にいつまでも慣れないことが心配、しかし一方で日本語を忘れては困るので、教科書は学ぶものの日本語比重が多くなりすぎない学校として選択したと言われたことがあります。
これまでに何回か書いていますが、継承学校にはいろんな子どもたちに来てほしいと願っています。
少し日本語に触れる時間が少ない子どもたちも、日本語が一番得意な言語である子どもたちも、どんな子どもたちでも一緒に学べる場になってほしいと願っているのです。
なぜなら、それが本当の社会の縮図に近い学びの場だと思うからです。言葉は社会の中で身に着けていくものですから、日本語が得意な子もそうでない子も一緒に学ぶことで、新しい学びがあると確信しています。
したがって、継承学校ではコミュニティーづくりを保護者に呼びかけています。そのために保護者によるお祭りや朝の読み聞かせ当番など、保護者の皆様が学校運営に関わってくださることで、子どもたち同士の関わりも増え、日本語を使うコミュニティーとして成立していくことを期待しているからです。お父さんやお母さん同士が仲良くなり、「いっしょに通う」ことで、「細く」ても「長く」続けられる、日本語の学びの場となることが私たちの願いです。
(5)理論に裏付けられた方針
継承学校のカリキュラムは、クラスを始める段階で、それまでの長年の教員として、そして母親としての経験に基づき、海外滞在の長い子どもたちに適切と思われるものを組み立ててきました。
私自身が継承語として、娘に日本語を継承してきた母親としての経験も組み込んできました。ただ、継承学校の運営がスムーズになってくるにつれ、私の思いの中で、経験に裏付けられただけでカリキュラムを組んでよいのか、という疑問も湧いてきました。
私は教員免許は幼稚園、小学校、中学校そして高等学校と揃え、教育のプロとして指導できるよう学んできたつもりでした。しかし、今、私が進めようとしている継承語としての日本語教育は、実際に理論的にはどうなのだろうという思いを強めていきました。
そこで、私自身の学びなおしを目的に、米国ニューヨーク市に位置する、コロンビア大学大学院での学びなおしを実行することにしました。コロンビア大学の日本語教育学のコース(参照:アメリカで日本語教育を学べる大学院(修士課程)のリスト)を選んだのは、日本文学に大きく帰依されたドナルド・キーンさんが残されたセンターがあることも私にとっては大きな魅力でした。
何より継承語として日本語を身に着けていく子どもたちは、母語として日本語を習得していく学び方だけでは足りない、外国語としての日本語の習得法に近い学びが必要であることを痛感していたため、日本の教員資格に加え、継承語教育について専門的に学びたいと思い、大学院を受験しました。
今、その研究を生かし、継承学校のカリキュラムをさらに効果的なものとなるよう、私の学びを教員の皆さんと共有し進歩を続けています。これまでにある、固定された教育スタイルだけでは、継承語として言語を学ぶ子どもたちには対応できないと考えます。継承するには、その時代に合ったスタイルに合わせていくことも重要なのです。シンガポール継承学校だからこそそこに目を付け、子どもたちにとって必要かつ効果的な教育を目指していきます。
磯崎みどり氏ご紹介

継承日本語指導者として、20年以上の実績を誇り、アメリカコロンビア大学大学院で継承語について研究、修士課程を修了。
アメリカ、シンガポールの補習校指導を皮きりに、現在シンガポール日本語文化継承学校校長。また、IBDP認定指導員として、日本語文学(Japanese A Literature)を指導。シンガポールではAIS(オーストラリアンインターナショナルスクール)でIBDP日本語文学、IGCSE相当の母語日本語、Tanglin Trust SchoolでGCSE、A Level日本語を指導。その他、Marlbourough College (Malaysia)のIB Japanese A LiteratureのSSST (School Supported Self Taught)を指導。
英語指導については、シンガポール日本人学校中学部の英会話クラス講師、早稲田渋谷シンガポール校英語教員を歴任。
自身がマルチリンガルの娘を育て上げた母親の一人。
日本語文化継承学校は、日本国籍をもちながらも、海外生活が長く、早急な日本への帰国予定がない、もしくはシンガポールに永住する子供たちを主な対象とした、日本語と文化の両面から学ぶことを目的とした学校です。さまざまな環境の子どもたちにあった学びの場を提供するため、日本語文化継承学校はさまざまなコースを開催しています。
詳しくは、ホームページへ
日本語文化継承学校の日本語教師募集
継承学校は、継承語として日本語を学ぶ子どもたちを応援する学校です。
一緒にそういった子どもたちを指導してくださる教員を募集しています。
詳細を知りたい方は、sjkeisho@yahoo.co.jp にご連絡ください。
●記事内容は執筆時点の情報に基づきます。
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